« めた文に書いてあった内容の通りに | トップページ | そして散歩に連れ出された本当の意味 »

2023年12月18日 (月)

『私に求婚した事忘れてくれへんやろか。

『私に求婚した事忘れてくれへんやろか。』

 

 

あの日以来会わずに済んでいる安心感と,早く決着をつけたい焦りとの狭間を三津は漂っていた。

 

 

『そう言えば桂さんにも会ってないな。元気かな。』

 

 

あんなみっともない姿を晒したから会うのには少々の勇気が必要だ。

 

 

『でもちゃんと気持ち伝えてきっぱり断って報告せなアカンな。鋸棕櫚

 

 

背中を押してくれた桂に感謝しつつ,その決着をつける日がいつ来るのか考えると息が詰まるように苦しい。

 

 

三津は純粋に笑って子供と戯れる総司を見て,

 

 

「あーあ…。私もあんな風に笑いたい。」

 

 

と静かにぼやいた。

 

その日は突然やって来た。

 

 

茶菓子を買いに来た弥一に散歩でもと誘われて,とうとう二人きりになる機会が出来た。

 

 

三津は散歩の誘いにこくりと頷き,どこかで頃合を見て気持ちを伝えようと決意した。

 

 

道中の二人は今日も暑いだの夜が寝苦しいだの,たわいもない話で会話を繋いだ。

 

 

沈黙してしまうのが二人にとって何よりも辛い時間になるのは同じだった。

 

 

『アカンアカン!

このままずるずる行ったらただの散歩で終わってしまう!』

 

 

ぎこちない距離を保ちながら歩き続け,三津は何度も深呼吸をして気持ちを整えた。

 

 

『このままでいる事は弥一さんに悪い…。』

 

 

意を決してようやく口を開いた。

 

 

「弥一さん!あの…聞いてもらえます?この前の返事。」

 

 

三津は平静を装って伝えるべき言葉を整理する。

 

 

「はい。私もそれを聞くつもりで伺いましたから。」

 

 

弥一は立ち止まって引き締まった表情で三津と向かい合った。面と向かうとなかなか言い出し難いもので,手には変な汗を握り,声は絞り出そうとしても喉に引っかかって出て来てくれない。

 

 

「あの…えっと…ごめんなさい。」

 

 

三津が必死に吐き出した言葉は謝罪だった。

 

 

「好きな人がいて,ずっと好きで忘れられなくて…。だからごめんなさい!」

 

 

三津は体を二つに折り,深く深く頭を下げた。

 

 

あれだけ深呼吸をして告げる言葉を整理したのに自分でも可笑しなぐらい,短い言葉で弥一を突き放したのだ。

 

 

「…なぁんだ。残念だなそれなら諦めるしかないですね。

そんな想いのまま結ばれても,それはお互いに幸せにはなれませんよね。」

 

 

弥一の明るい声に三津はゆっくりと頭を上げた。

 

 

正直納得は得られないと思っていた。

もっと辛い顔を見せられると思っていた。

 

 

でも弥一は精一杯の笑顔を見せてくれた。

 

 

『無理して笑ってはる…。』

 

 

弥一が明るく発した声は微かに震えていたし,笑う目元も何だか引きつっている。

 

 

それならいっそのこと,

 

 

『こっちから願い下げだ!』

 

 

と怒鳴ってくれたらいいのに…。

三津の方が悲痛な表情を浮かべてしまった。

 

 

「待つと言いながら答えを催促してすみません。その恋,成就するといいですね。

もし諦める日が来るなら,また私との事を考えてみて下さいね。」

 

 

弥一は清々しい表情で三津の元から去った。

 

 

最後まで取り乱すことなく,明るく振る舞ってくれた弥一に心のどこかで感謝しながら,胸を酷く締めつけられた。

 

 

『めっちゃいい人やん…ずるいわ…。』

 

 

どうせなら嫌な奴でいてくれたら良かったのに。

 

 

心の底から嫌いと思わせてくれたら良かったのに。

 

 

『しかも成就ならもうしてるし…。』

 

 

お互いの気持ちを確認して恋仲になったもの。

 

 

それなのに傍にいる筈の相手はいないんだ。

 

 

それでも恋仲だと言えるのだろうか。

 

 

今でも恋仲と呼べるのだろうか。

 

 

あの時は気持ちを確かめ合えたけど,今は違う。

確かめ合うことは出来なくなってしまった。

 

 

『これじゃ私の片想いやん。』

 

 

自嘲気味に笑みを浮かべてずきずきと痛む胸を手で押さえた。

 

 

泣きたくない。

三津は涙が零れないように空を見上げた。

 

 

『桂さんが教えてくれたみたいに,新ちゃんは心におるもん。』

« めた文に書いてあった内容の通りに | トップページ | そして散歩に連れ出された本当の意味 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« めた文に書いてあった内容の通りに | トップページ | そして散歩に連れ出された本当の意味 »